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とちぎの文化財

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1963.04.16

【田中正造墨跡】

  • 文化財種類:県指定等文化財
  • 市区町村:宇都宮市
  • 区分:有形文化財(考古・歴史資料)
  • 種類:指定

(たなかしょうぞうぼくせき)

●指定年月日

昭和38年4月16日指定

所在地

宇都宮市大谷町

アクセス方法

 

公開状況  

 

所有者又は管理者

個人所有

●文化財概要

① 大雨にうたれたたかれ行く牛の みちや車のあとかたもなし 正造 ② 今人は襟飾りして歩行けとも くにのみち行知るやしらすや 正造 ③伊川先生曰く 少年高科にのぼる一の不幸なり 父兄の勢によりて美官を得る 二の不幸なり 多才文章を善くす三の不幸なり 予更にえれに一を加ふ 無能にして名をしらる四の不幸也 辛亥初秋 七十老 正造  ①②は条幅、③は額装であるが、三点とも明治四四年下野中学校(現作新学院)を訪れた正造が、当時の校長船田兵吾ならびに渡辺陳平のために書いたものである。 正造は、その生涯において、多くの歌をよんでいるが、①は正造の最も好んだ歌の一首のようで、明治三二年頃数人にあてたそれぞれの手紙の末尾に記されており、また、同四四年頃の日記の所々に、さらに日記にも兼用したノートの表紙裏等にも書き止めている。 ②は、扇面に揮亳したものあり、①と同様明治四三、四年頃のノートに記されており、同四四年五月足利の原田ぬい子にあてた手紙にも記されており、「三五年の旧作を書して与う」とあることから、この頃の作と思われる。 ③は、中国北栄時代の大儒者程頤(伊川)の語録を引用し、これに正造の自作をつけ加えている。 いづれも、彼の当時の心境をよく表現しているものである。