本サイトはユーザーエクスペリエンスの向上などを目的に、Cookieを使用しています。
右記のバナーで「同意する」をクリックする、または本サイトを利用することによりCookieポリシーに同意したことになります。

同意します

とちぎの文化財

SEARCH

文化財検索
2003.02.14

【刀 銘(表)河内大掾藤原国定・(裏)奥州会津住】

  • 文化財種類:県指定等文化財
  • 市区町村:日光市
  • 区分:有形文化財(工芸品)
  • 種類:指定

(かたな めい(表)かわちだいじょうふじわらのくにさだ)

●指定年月日

平成15年2月14日指定

所在地

日光市中宮祠

アクセス方法

 

公開状況  

 

所有者又は管理者

二荒山神社

●文化財概要

作者 河内大掾国定は二代あり、その二代目で万治年中に上京して受領したという。(元禄二年没)。作風は沸づいた互の目刃の刃文に板目肌立って飛焼の入った鍛えとなり、同工の特色をあらわしたものといえる。会津国定は刀工のランクで決して上位のものではないが、会津刀工の中では著名である。むしろこの作の貴重性は日光の目代が江戸鍛冶ではなく、会津鍛冶に製作させ、七月七日の山開きの日をもって奉納していることにある。当時の事情を知る好資料である。
 刀身の切付銘から、本作品は貞享三年(1686)七月七日に日光目代の山口図書信隆が奉納したことが判る。日光山に於ける目代「山口氏」は、日光山の民政担当者として召しだされた天海の俗縁の山口忠兵衛常信に始まり、図書信隆は4代目に当たる。 
 山口図書信隆は、貞享元年(1684)3月に家督を継ぎ、同じ年の貞享元年(1684)12月の「日光の大延焼」の際には、馳番人足を指揮して消火活動にあたったと思われる。そして翌々年の貞享三年、男体禅定の頃に刀を奉納していることは、先の大火も無関係とは言い切れないのではないか。