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とちぎの文化財

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2019.03.29

【野木神社 本殿、拝殿 附 棟札3点】

  • 文化財種類:県指定等文化財
  • 市区町村:野木町
  • 区分:有形文化財(建造物)
  • 種類:指定

(のぎじんじゃ ほんでん はいでん)

●指定年月日

平成31年3月29日指定

所在地

野木町野木

アクセス方法

 

公開状況  

公開

所有者又は管理者

野木神社

●文化財概要

〔本 殿〕桁行3間、梁間2間、三間社流造、銅板葺
〔拝 殿〕桁行5間、梁間3間、一重、入母屋造、向拝1間、銅板葺

野木神社の主祭神は第15代応神天皇皇子の菟道稚郎子尊で、延暦年間(782~806)、坂上田村麻呂東征のとき現在地に移したとされる。
近世においては、慶長5年(1600)の奥州会津上杉景勝征伐の際の徳川家康からの寄進を受け、その後、古河城主代々の厚い信敬を得ていた。
文化3年(1806)に火災により堂社すべてを焼失し、その2年後の文化5年(1808)年に再建が開始された。普請はあまり進行しなかったが、文政2年(1819)年当時の古河藩主、土井(どい)大炊頭(おおいのかみ)利(とし)厚(あつ)の莫大な寄進により普請は本格化し、本殿拝殿玉垣に至るまで造営、文政4年(1821)10月新殿へ遷座して完成したと言われる。再建年代は棟札から文政2年(1819)の建立である。                
本殿は、江戸前期から江戸後期にかけて、関東一円で、卓越した技を競い合う多くの彫工たちが建造物と彫刻を融合させた装飾意匠で、技巧的な彫刻の発展過程を示す社寺建築の一つとして価値が高い。                         
拝殿は、相対的に簡素な造りではあるが、軽快な変化を付けた吹寄せの意匠は斬新である。