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とちぎの文化財

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2026.02.20

【野木神社のイチョウ】

  • 文化財種類:県指定等文化財
  • 市区町村:野木町
  • 区分:記念物(天然記念物)
  • 種類:指定

(のぎじんじゃのいちょう)

●指定年月日

令和8年2月20日指定

所在地

野木町野木

アクセス方法

JR宇都宮線古河駅から約3㎞、野木駅から約4㎞

公開状況  

公開

所有者又は管理者

野木神社

●文化財概要

野木神社は、野木町役場の南西約3.5㎞、JR古河駅の北約2.5㎞に位置する。
「野木宮由来」によると主祭神は菟道稚(うじのわき)郎子(いらつこの)尊(みこと)で、仁徳天皇の代に磁(し)城(ぎ)奈良別(ならわけの)君(きみ)が下野国国造のとき山城(やましろの)国(くに)菟(う)道(じ)の聖廟を下野国笠懸の台(だい)手箱(てばこ)の地に祠を建てて祀り、延暦年間(782~806)、征夷大将軍 坂上田村麻呂東征の時に現在地に移したとされる。
近世においては、慶長5(1600)年の奥州会津上杉景勝征伐の際、社領十五石を徳川家康から寄進され、その後、古河城主代々の厚い信敬を得ていた。
野木神社のイチョウは、拝殿前の参道東側にある御神木であり、昭和52(1977)年に野木町の天然記念物に指定された。昭和53(1978)年の大西風で主幹が地上3mほどで折れた。折れた主幹は処分されることなく、イチョウの傍らで丁重に保存されている。
平成元(1989)年には、「野木神社のいちょう」として「とちぎの名木100選」に選ばれた。環境省の「巨樹・巨木林データベース」には、昭和63(1988)年の樹高(目測)は13mであり、大枝枯損、小枝枯損、頭頂部枝折れと記述されている。また、平成2(1990)年に発行された『とちぎの名木百選ガイドブック』(栃木県、1990.3)では、「高さ17m、太さ約9m、県内のイチョウでは最大の巨木である」と記述されている。
平成17(2005)年に樹勢回復事業(剪定・施肥)を行った。その時の計測では、樹高20.0m、周囲7.7m、枝張りは東側7.5m、西側10.0m、南側7.0m、北側10.0mであった。北側に傾いていた主幹上部は樹勢回復事業で切除された。
平成20(2008)年の『とちぎの名木100選調査報告書』((社)栃木県緑化推進委員会、日本樹木医会栃木県支部)によれば、表層根(吸収根)が見られなかったため、調査に合わせて土壌改良が行われた。当時の石積みの高さは1mであった。また、露出根が数カ所あった。
令和7(2025)年10月21日時点での計測では、樹高23.4m、胸高1.2mの周囲8.6m(ひこばえを含む)、根元高0.2mの周囲8.1m、枝張りは東側10.0m、西側12.8m、南側10.4m、北側10.3mである。南東側11mにある大きなケヤキを避けるように北西方向にやや傾いた卵形の樹形をしている。平成17(2005)年の樹勢回復事業当時と比較すると成長が見られ、樹形も整ってきており、安定した生育状況である。また、表層根もよく発達し、細根が多く見られ、安定した生育状況を裏付けている。平成20(2008)年の調査では、露出根があって表層根が見られなかったが、今回の調査では、露出根がなく表層根が多く見られており、石積みの高さが80cmとなっていることから、平成20(2008)年からこれまでに、20cm程度の覆土がされていると思われ、イチョウの健全性に大きく寄与している。なお、このイチョウは雄の樹である。
根元周囲の石積みは明治32(1899)年に設置されたが、その後土圧によりひびが発生したため、昭和30(1955)年に拡張し、現在は8.1m四方、高さ約80cmの石積みがあり、参拝者による踏み固めを防いでいる。石積みの中には石柱としめ縄があり、参拝者が立ち入ることを禁じており、イチョウの健全性を保つ一助となっている。
伝承では、このイチョウは約1200年前に征夷大将軍 坂上田村麻呂が蝦夷討伐に成功し、凱旋の途中、野木神社に参拝し植樹したという。古文書等が残っていないため正確な樹齢は不明であるが、大きさや形状から数百年は経過していると思われる。環境省の「巨樹・巨木林データベース」では樹齢300年以上とされている。
枝の一部が垂れ下がる「乳(ちち)」が多くあり、「婦人たちが乳が出て乳児が健全に育つように米ぬかと白布で作った模型の乳房で祈願する民間信仰」(町指定天然記念物標識より)がある。母乳が思うように出ない時、神社を参拝し、イチョウの樹皮を削り取って煎じて飲むと乳が出るようになるというもので、イチョウから無数に出ている「乳」が乳房のように見えることから、これにあやかり母乳がたくさん出るよう祈願するようになったとされる。御利益があると白い布に米ぬかなどをつめ乳房をかたどったものを奉納する。戦後は樹皮を削り取る行為は見られなくなったが、現在でも子どもの健やかな成長を祈願して乳型が奉納されている。